回想、そして政治への決意

原竹岩海の回想 - 政治への決意!

突然の父の死

私 が子どもの時、両親から温かく見守られ、4人兄弟の長男として幸せ一杯でした。ところが私が中学2年生の8月30日、農業の傍ら大工をしていた父が、突然 の事故で37才で他界し、母子家庭となりました。人がうらやむ仲の良い幸せな家庭から、あっという間に不幸のどん底に突き落とされたのでした。

中学生で父親代わりに農業を

長男である私は、当然のように父親代わりとなり、学校から帰ったら直ぐ稲刈りをして深夜まで脱穀作業をしなければなりませんでした。私の母も365日休むことなくいつも働き続けていました。

お父さんさえ生きていれば・・・

ある日、底冷えの田んぼの中で深夜まで農作業をしている時、近くの家から漏れてくる暖かそうな窓の明かりと家族団欒の笑い声が聞こえてきました。それがとて も羨ましくて、「何でお父さんは早く死んだんだ。お父さんさえ生きていれば…」と思うと、抑えていた涙が次から次へと溢れ出てきたものでした。まだ当時の 母子家庭には十分な行政サービスが確立されてなく、特に農家の母子家庭は本当に大変でした。

政治に対する関心が芽生える

この時期、私は、政治や社会に対し不信感や不公平感を抱くようになり、政治の関心はこの時から少しずつ芽生えるようになりました。

三途の川を目前にして生還

さらに26歳の時、生死に係わる大病を患いました。後で聞けば死ぬ寸前だったそうで、夢か幻か三途の川を目の前にして生還してきました。(本当の話です) 生き返ってからは、生きている喜びや、尽くして下さった親族や多くの人々に対し、ただただ感謝でした。 快復後、ある方から県会議員秘書の仕事を紹介され、初めて政治の世界に入りました。政治を通して人々に奉仕しようと決意し、一心不乱に突き進み、現在に至ったわけです。

全ての人々へのご恩返し

今までの人生を振り返ってみて、家族や多くの人々が私を生かして救って下さった。だから私も多くの人々を幸せにしてあげたい。それが全ての人々へのご恩返しではないかと考えております。

勇気を持って私の政治信条を貫く

これからも政治の原点を見失うことなく全てに感謝し、勇気を持って最後まであきらめない政治を貫き通す決意です。 つきましては、今後とも原竹岩海を叱咤激励し、ご指導を賜りますようよろしくお願い申し上げます。